2020年1月

No.169 治療主導から療育の時代へ

昨日から議論漬けの時間を過ごしたり、
尊敬する知人の読書サマリーを拝見して、
一気に本を読み進めたり、
と、インプットとアウトプットの繰り返しから
ある共通項を見出しました。

それは
治療主導の時代から
療育の時代に変化したな・・・と。



【大ナタを振るう外科的手術】

書籍『入門 組織改革 生き生き働ける職場を作る』
の中に
バブル崩壊後の1990年代、
日本の企業が振るった大ナタについて
触れられていました。

日本の企業は落ち込んだ収益を回復させるために、
合併、提携、戦略の変革、業務の手順・技術の変革、
成果主義の導入による「制度」の変革、など、
企業・組織のハードな側面に大ナタが振るわれ、
大規模な
外科的手術が施されてきました。


私の専門職能である医療、介護の業界も、
制度の改革、見直し、診療報酬改定、
加算の追加、見直し、人員増のための資格制度など。

ハードな側面での
外科的手術
は、制度として、箱物としては
なんとか運営という形になっています。



【おざなりになる体質改善や健康管理】

一方で、同書籍には
外科的手術だけでは健康を維持できず、
日頃の体質改善や健康管理の必要性について
触れられていました。

外科的手術を受けただけでは、
人は健康にはなれず、
「人」や「関係性」を含めた組織の
体質改善が必要になってきます。


医療、介護業界でいうと、
制度や仕組み、報酬改定、法律などは整備されたけれど、
そこで働く人たちの体質改善や風土改革が
実現されていなければ、
健康体とは言えないという
わけです。

そのためには
漢方薬のような役割や、
健康診断のようなチェック機能
が必要です。




【療育のススメ】

私は昨年11月から
発達障害当事者の会のサポートとして参加させて頂いております。

現在、障害者雇用の積極的導入を国が叫んでいて、
『職業訓練』が制度の一つとして存在します。
パソコン技能や簿記検定など、
仕事をしていくために必要な技能を習得できる
国の制度や仕組みです。
上記で言うところの
外科的手術です。
それはとても大事なので否定はしません。

私が課題に感じるのは、
技能を身につけさせたら、
そのまま海に突き落としている感じがしてならないのです。
ライフジャケットも着せずに、
さあ!行ってらっしゃい!
大丈夫、人は浮くから
と言わんばかりに・・・。
しかも、波打ち際からではなく、
いきなり海の中心から!!



私は、今必要なのは
『療育』
だと考えます。

今日の発達障害当事者の会で、
ある参加者の方が私の意見をそう要約してくださいました。
(Mさんありがとうございます)


・・・・療育とは・・・・
心身に障害をもつ児童に対して、社会人として自立できるように医療と教育をバランスを保ちながら並行してすすめること。(日本大百科全書)
(児童とありますが、大人も同様)


制度化や、変革などの外科手術は必要です。
しかし、その前提となるのは
自立できるような教育(体質改善)をバランスよく進めることにあると
思うのです。

社会人として自立するのは、即ち『健康』を意味します。
これは発達障害の方々に限った話ではありません。

早期離職した新卒者。
転職を繰り返している大人。
これから社会に出ていく、
スマホばかりいじっている大学生。

誰に対しても
外科的治療と体質改善は必要になります。


【長期的な体質改善】

なぜ「人」や「関係性」を含めた体質改善がなぜ必要か、
同書籍では、
1. 活き活きとできない社員
2. 利益偏重主義
3. 個業化する仕事
この3点を理由としてあげています。

この3つは健康体であるかの指標だと、
私は考えています。

私がお世話になっている
発達障害当事者の会の皆さんは、
自分自身がどう体質改善をしていけば良いか、
毎回、問題課題と向き合って、
全員で解決できる考えを共有しています。
(もう5年だそうです。)
素晴らしい協働関係だと思います。

この組織のような取り組みを
一般の企業でできたなら、
どんなに健康的な組織開発が実現するでしょうか。


=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*


主導されるべきは、
健康体としての自立を進める『療育』であって、
制度や業務改革、ハード面の整備などの『治療』は、
療育が成立してはじめて意味のあるものになると考えます。

No.168 静岡学園サッカー部が教えてくれたこと



全国高校サッカー選手権大会
静岡学園
24年ぶり優勝おめでとう~~~~!!!


全国高等学校女子サッカー選手権大会
藤枝順心
日本一おめでとう~~~


男女揃っての優勝でした。
静岡の人は、みんな解説者になれるほど、
サッカーに詳しいので(笑)
サッカーの話が尽きないのではないでしょうか?



【個人技は日々の自己研鑽】

昔から静学といえば
個人技!

以前の静学は
タレント集団
というイメージが強かったです。

アンチ静学まではいきませんが、
私は清水東や藤枝東、清水商業(桜ヶ丘)
をいつも応援していた記憶があります。


今回、たまたまでしたが、
静岡学園の試合をほぼ全部観ることができました。


やっぱり
うまいな・・・
さすがだな・・・


U23日本代表よりうまいかも!!
少し荒削りかな?とも感じましたが、
高校生離れした試合にウキウキしました。

個人技、突破力は
派手に見えますが、
日々の自己研鑽があるからこそ
私たちを魅了してくれるのだと思います。

そして
私の心が揺れたのは準決勝での戦いでした。



【攻めあぐねている時こその安定感】

準決勝の矢板中央戦では、
鉄壁のディフェンスに
観ている方が

イライラ
ジリジリ


しました。
攻めさせてくれよ・・・

画面に近づいて
ディフェンスの人数を数えたくらいです(笑)
矢板中央は、
常にゴール前に9人、10人置き、
全てシュートコースに入り
クリアしていました。

しかし、静学は
クリアボールをきっちりトラップして、
今一度、ボールを戻し、
様々な攻撃パターンを組み立て直し、
シュートで終える
繰り返しをしていました。

不思議ですが

~トラップミスをしたらカウンターされる。
そうなったらどうしましょう~


などの不安は全くありませんでした。
思いもしませんでした。

この、『攻めあぐねている』展開の中で、
安心して見ていられるこの
『安定感』は、
基礎練習を何度も何度も重ねたことによるものだと
私には伝わりました。

焦らず、根気強く
自分たちの準備してきたことを信じて、
勝機をうかがってきた結果、
ゴール前のPKを誘い、
アディショナルタイムにきて
得点できたのではないでしょうか。

まさに根比べでした。。。



【2点ビハインドの逆境】

今回の静岡学園はドラマの連続だったように思います。
準決勝は鉄壁のディフェンスでなかなか攻められないゲーム。
決勝はプレミアリーグU18の王者
(*プレミアリーグはクラブチームも抑えての優勝)

青森山田


しかし、準決勝で感動しまくっていた私は、
きっと勝つだろうと確信していました。
仕事だったので、ネットで都度確認。
前半で2点ビハインド!!
もう2点取られている~~~

結果的に、前半終了前に1点返し、
後半さらに2点返し、
見事優勝

帰宅後、動画を見て感じたことは
絶対諦めない姿勢。。。


元清水エスパルスで
解説者の戸田和幸さんが、
「静岡学園が優勝するために何が必要か?」
の質問に、

『僕の言葉ではないですが、
自分たちの準備してきたことを、しっかり出し切ること。
自分たちらしさを全面に出すこと。これに尽きる。』

と仰っていました。

まさに、後半は静学のサッカーが表現されていたと
見ただけでわかりました。

『逆境』に立たされたとき、
自分たちらしさを発揮できるのは、
小手先のやり方ではなく、
日々のあり方なのだと思いました。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*

【教訓】

*一見派手な個人技は日々の研鑽がある。

*思うように物事が進まないとき、自分が積み重ねてきたことを信じて
忠実に行動し続ける。

*『逆境』を跳ね返すのは小手先のやり方ではなく、
日々のあり方。


高校生に教わりました。



静岡学園サッカー部の皆さん

心から


おめでとう




No.167 『いま・ここ・自分』の定期健診を

先日、ある情報番組で
「幼児化する世界」
について特集されていました。

外出する支度をしながらでしたが、
最後、ある評論家の先生(私は割と好き)が

『いまここ自分ではなくて、しっかり周りを見て・・・先を読んで・・・云々』

と仰っていたように聞こえました。


私は4年前、座禅に通っていた際、
『いまここ自分』
を毎朝感じながら
自分と向き合ってきたため、
『いまここ自分』を否定されたように思いました。

一体どういうことだったのか?
あれから折に触れ、
(書籍や新聞、大物の海外逃亡、大国の圧力などのニュース)
「いまここ自分」とはどんなことなのか
ず~~~っと考えていました。


【いまここ自分の意味】

禅の世界では、
物事の原因を他者に求めるのではなく、
自分の生き方を問うべきという考え方があります。
わたしが座禅中、
手を組んだ「法界定印」の中は

「自分だけの広くて深い宇宙がある」

と教わりました。
自分を見つめることは、
それほど広くて深いのだと思い知りました。

特に真夏の座禅堂では暑くて
首、背中から汗が流れ落ちるのを感じたり、
真冬の座禅堂では寒くて冷たくて
靴下を履かないので、
足の感覚がなくなったり、

心の動きとともに、
身体の反応でさえも
第三者として自分が自分を観察しているような(メタ)
感覚でした。

「当処即ち蓮華国 此の身即ち仏なり」
~わたしがいまここにいる~
本当の意味で「いま」に気づけば、
ここは「浄土」、わたしは「仏」であるという教えです。


私の場合は
『自分対自分』における『いまここ』
の考え方でした。




【もう一つのいまここ自分】

よく、
「いまここ自分を大切にしたら、とても楽になった!!」
というお話を耳にします。
私としては、
「え~~~~私はとても苦しいワイ」笑

と全く違う感覚でしたが・・・。

これ、
どうも西洋哲学と東洋哲学での違いらしいのです。

西洋哲学における「いまここ自分」は、
他者との依存関係
が前提にあるようです。

ですから、

何か頼まれたら、「はい喜んで」と受けましょう。
とか、
逆に
今、本当にしたいことをやろう。
人の目を気にしないように生きよう。


など、他者が介在しています。

『他者対自分』における『いまここ』
の考え方になります。



【いまここ自分は定期健診】

5年ほど前に、
タレントの大久保佳代子さんの取材記事を読んだことがあります。
大久保さんがOLから「はねトび」(バラエティ番組はねるのトびら)
で芸人として復帰した直後、

自分は芸能界でどうありたいか、
非常に悩んだそうです。

その時、大久保さんがしたことは、
スタッフの皆さんに、
『私にどんなことを求める?』
と自分の期待されている役割について、
聞いて回ったそうです。
この取り組みは、
人の目をめちゃくちゃ気にしていて、
何を求めるかまで注文を訊いていることになります。

その頃は今ほどの人気ではありませんでしたが、
私はその記事が心に残り、
ずっと注目してきました。

やっぱり彼女は
芸能界で確立されたポジションを手にしました。

最近はテレビで大久保さんを見るたびに、
気分がスカッとします。

バラエティ番組に復帰して、
人気が出てきても天狗にならず、
大久保さんは『いまここ自分』
を点検したのだと私は思います。

『自分対自分』の対話を行うことは、
まるで定期健診のように大切なことです。



【わがままにならないように・・・】

他者との関係性での『いまここ自分』を考えると、

自分がやりたいことがコレだし、
周りから求められたことはやりたくないし、
自分に正直になるんだ


となります。
これは第一段階の自己実現につながる第一歩だと思います。
だから間違ってはいない。

しかし、
齢50手前の私には、
少し、違和感を覚えます。

周りから求められている期待値も含め、

私だからできることはなんだろう?

と『いまここ自分』に向き合うことは

超越した自己実現が獲得できる
近道ではないでしょうか?


No.166 創業計画完成

新年あけましておめでとうございます。

昨年12月、合同会社ダブルピースを設立し、
ホームページもリニューアルが終了したとともに、
新規事業の創業計画も完成致しました。

現在、融資を受けることは大変難しく、
そのハードルの高さに怖気付くこともありますが、
最後まで諦めず、

輝くように生き生きと!!
人々が生きていける社会貢献を果たして参ります。



2019年10月から創業準備に入りました。

*10月
新しい人脈作り
再度、自らの職能について経験し直す
利害関係者との人間関係の大変さを経験し直す
人と会い勇気をもらう

*11月
会社設立の為の勉強
新事業について市場調査
法務局への相談

*12月
会社設立
新事業のデータ集めと計画書着手
ホームページリニューアル
伯母の救急搬送への対応
命を見つめる

*1月
創業計画完成

この3ヶ月間、
孤独との戦いでしたが、
クライアントの皆さんがロールモデルとなり、
私を支えてくださいました。

また、新しく私とつながってくださった方々の
励ましは力になりました。


新事業実現の早期の実現のため、
走り続けたいです。


2020はオリンピックイヤー
人生の金メダル目指して
一層精進致します。


今後も引き続きのご指導ご鞭撻を
よろしくお願い申し上げます。


合同会社ダブルピース
かざま なほこ