先日、更新したブログ
価値ある『報連相』。
書いていて実は色々な思いが込み上げてきました。
若者だけじゃないな・・・
大人もできている人は案外いないかも・・・
私はどうだろうか?・・・
ビジネスシーンでは、
進捗報告とか、作業報告など、報告の対象が事象などのことが多いと思います。
しかし、ビジネス以外のところでは、
人と人との間に介在した時、『報連相』の大切さを感じます。
大人の礼儀として『報連相』が存在すると私は思っています。
報連相出来ない大人は、
不義理な人かもしれません。
【人から受けた親切を当たり前だと感じている】
初めて不義理を経験したのは
私が28歳のとき。
お世話になっているAさんの知り合い、Bさんが急に体調を崩し、
私が看護師だということで、
「相談に乗ってやってほしい」
と問い合わせがありました。
その日のうちに、Bさんと直接お話しし、
詳しい病状について相談に応じました。
早い方が良さそうと判断したため、
翌日、勤務先の医師に相談し、
すぐに受診できるように段取りをしました。
問い合わせが来てから3日以内に受診し、
やはり手術が必要ということで入院。
あっという間に手術も完了し、1週間ほどで退院となったようです。
そう。。。
退院したことを私は知らなかったのです。。。
担当してくださった先生から、
『かざま、よく判断できたね~。無事に退院して良かったね~。』
と言われ、初めて知りました。
私は顔から火が噴き出しそうでした。
本当は、私から先生に、
お礼を言わなければならないのに・・・
受診した報告も
手術した報告も
退院した報告も
全くなし。
当時は個人情報保護など厳しくはなかったのですが、
一度患者になった方のことは、医療従事者同士で
軽々しく口にすることはなかったので、
ご本人からの報告を待つしかありませんでした。
もしかしたら、私が院内にいるので
「わかっているかもしれない」
「忙しいのに悪い」
と思ったのかもしれません。
その後、数日経って
私から電話を入れたところ、
「あ~~、ありがとうございました~~」
と何ともアッサリした対応でした。
相談に応じた時の、あの深刻で藁をも掴む感じは
全くありませんでした。
その時感じたのは、
「医療従事者なら当たり前のことをしただけのこと」
と、相手が思っていたのかもしれない・・・。
でも、
「私は感謝されたくて、色々な段取りをしたのか???」
と自分は偽善者なのか?と随分悩みました。
【紹介者としての信用失墜が懸念される】
この時は、先生と私の信頼関係が日頃からできていたので、
信用が失墜するなんてことはありませんでした。
それどころか、
退院したことを報告していなかったBさんについて、
私が何にも言わないので、
「お前も良く我慢しているなあ~笑」
私の気持ちまで察してくれていました。
初めて体験した他人からの不義理を通して、
器の大きな大人のあり方について学ぶことができました。
【「ありがとう」の報告は暖かい気持ちになる】
昨年、開催した銀座コーチングスクール駿河静岡校3周年ゼミナール。
講師で登壇してくださった先生に、相談に行かれた方がいらっしゃいました。
私が間に入ったわけではありませんが、
相談した方、された方の
両方から「ありがとう」のご報告を受けました。
先生:「かざまさん、◯◯さんがご相談に見えました。力になれそうです。ありがとう!」
参加者:「かざま先生、講師の先生に相談させて頂きました。貴重な機会をありがとうございました!」
お二人とも喜んで頂けて良かった!
私も二人をお繋ぎすることができて良かった!
このご報告を受けてとても嬉しくなり、
気持ちが暖かくなりました。
人の気持ちを豊かにする『報連相』とは、
他者から受けた行為を当たり前と思わない「ありがとう」の報告。
ありがとうの報告は、報告を受けた人の信頼度も上げる。
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*
かく言う私も、
仕事で精一杯になってしまうと、
ありがとうの報告を怠ることがあります。
関係者の方にはこの場を借りてお詫び致します。
報連相できない大人は不義理な大人ですが、
物事を『当たり前だ!』
と思っているばかりではなく、
心の余裕がないだけかもしれません。
若い頃から、プライベートではなぜか
相談はよくされるのに、
報告なし
連絡なし
不義理をされるタイプです。
じっと待つのが得意になりました~~

